イオンビームを利用した低カドミウムコシヒカリの開発

タイトル イオンビームを利用した低カドミウムコシヒカリの開発
担当機関 (独)農業環境技術研究所
研究課題名
研究期間
研究担当者 石川 覚
発行年度 2012
要約 [ポイント]
  • コシヒカリの種子にイオンビームを照射することで、カドミウムをほとんど吸収・蓄積しない突然変異体を開発しました。
  • この変異体を栽培することで、米におけるカドミウム濃度は97%以上削減されます。
  • この変異体の生育や収量、食味はコシヒカリと同等です。
  • 本変異体が持つ低カドミウム遺伝子を他のイネ品種に導入し、新たな低カドミウム品種を作ることも可能です。

[概要]
  1. 独立行政法人農業環境技術研究所は、東京大学、独立行政法人日本原子力研究開発機構と共同で、わが国の基幹イネ品種であるコシヒカリの種子にイオンビーム*1を照射することで、カドミウム(Cd)をほとんど蓄積しない突然変異体*2(以下、低Cdコシヒカリという)を開発しました。
  2. 低Cdコシヒカリの米におけるCd濃度は、Cd濃度の高い土壌で栽培しても、食品衛生法の基準値(0.4mg/kg)を大幅に下回り、従来から広く流通しているコシヒカリに比べて3%以下になります。
  3. 低Cdコシヒカリの収量や食味、その他の農業生産上重要な形質(出穂時期、全長、稈長、穂数等の生育全般)は従来のコシヒカリとほぼ同等です。
  4. コシヒカリ突然変異体が持つ低Cd遺伝子を簡単に検出できるDNAマーカー*3を開発しました。このマーカーは、通常の交配育種によって他のイネ品種に低Cd遺伝子を導入する際に活用できます。
*1イオンビーム:水素イオンや炭素イオンなどをサイクロトロンやシンクロトロンなどの加速器を使って高速に加速したもの。植物の種子や培養組織に照射することにより、DNAに作用して人為的に遺伝子の変異を起こすことができる。
*2突然変異体:遺伝子に変異が生じ、表現型が変化した個体をいう。自然界の放射線や遺伝子複製エラー等の自然要因で起こる自然突然変異と、イオンビーム照射、ガンマ線照射、薬剤処理等の操作による人為突然変異がある。
*3DNAマーカー:品種や系統、個体間ではDNAの塩基配列に違い(多型)がある。その配列の違いは個体を識別する際の目印(マーカー)となるため、それをDNAマーカーと呼ぶ。
背景・ねらい 食品などを通じて一定の量を超えるCdを長年にわたり摂取し続けると、人体に有害な影響を引き起こすことが懸念されます。特に日本人が食品全体から摂取するCdの約40%は米に由来するため、米におけるCd濃度を低減することは重要です。

2011年2月、米に含まれるCdの食品衛生法に基づく基準値は、「1.0mg/kg未満(玄米)」から「0.4mg/kg以下(玄米・精米)」に改正されました。

また、わが国では農地土壌中のCd濃度が高い地域が今も存在します。従来も米におけるCd濃度を低減するための様々な取り組み(*)が行われてきましたが、低Cdイネを作出できれば、Cd汚染地域における土壌を含むどのような条件下においても、特別な措置を施すことなく、安全な米を作ることができます。

*:土壌を入れ替える客土法や、湛水管理やアルカリ資材施用等のCd吸収抑制対策が実施されています。また、農環研では、塩化鉄による土壌洗浄法、高吸収イネを用いた土壌のファイトレメディエーション技術を開発しました(平成23年度主要研究成果)。
成果の内容・特徴
  1. (独)日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所のイオン照射研究施設(TIARA)のサイクロトロンで加速した炭素イオンを従来から広く流通しているコシヒカリ種子に照射し、変異を与えました。その第2世代(M2)の変異体(約3,000個体)をCd汚染土壌で栽培したところ、米におけるCd濃度が著しく低いコシヒカリ突然変異体(低Cdコシヒカリ)を見つけ、各変異体をlcd-kmt1とlcd-kmt2(lcd-kmtはlowcadmium-koshihikarimutantの略)と命名しました。
  2. 土壌中のCd濃度が異なる3カ所の農地(土壌中のCd濃度、A:1.4mg/kg、B:1.2mg/kg、C:0.35mg/kg)において、Cdが吸収されやすい早期落水条件で栽培しても、低Cdコシヒカリであるlcd-kmt1とlcd-kmt2の玄米におけるCd濃度は基準値を有意に下回ります(コシヒカリの3%以下)(図1a)。稲わらにおけるCd濃度も有意に低減されます(図1b)。
  3. 低Cdコシヒカリの圃場での生育(図2aと2b)や1株の草姿(図2cと2d)、籾や玄米の外観品質(図2e)等、見た目の形質は従来のコシヒカリと同等です。出穂期、稈長、穂長、穂数、玄米収量、千粒重等の農業生産上重要な形質もコシヒカリと大きな違いがありません(表1)。20名のパネラーによる食味官能検定試験(日本穀物検定協会で実施)でも従来のコシヒカリとの有意な差はありませんでした(表2)。
  4. 低Cdコシヒカリは、重金属トランスポーター*4遺伝子であるOsNRAMP5*5の塩基配列に変異が挿入されたため、根のCd吸収が少なくなりました。lcd-kmt1とlcd-kmt2では同じ遺伝子に異なる変異が挿入されていました。変異が挿入された塩基配列部分を基に、lcd-kmt1またはlcd-kmt2が持つ低Cd遺伝子を各々検出できるDNAマーカーを開発しました(図3)。DNAマーカーは、低Cd性を示す変異遺伝子を通常の交配育種によって、他のイネ品種への導入の判定に活用できます。これにより、新たな低Cd品種の開発も可能になります。
*4重金属トランスポーター:生体膜を横切って重金属イオンを輸送するために存在する膜輸送タンパク質。
*5OsNRAMP5:鉄、マンガン、カドミウムを輸送する膜輸送タンパク質をコードする遺伝子
成果の活用面・留意点 低Cdコシヒカリは、農林水産省の消費・安全対策交付金におけるカドミウム汚染土壌対策技術の一つとしても位置づけられています。また、低Cdコシヒカリを素材に、DNAマーカーを活用して、日本の他のイネ品種への低Cd遺伝子の導入が進行中です。

Cdによる水田土壌汚染は、アジアを中心とした海外でも大きな問題となっており、今後は、それらの国々での利用も期待されます。
URL http://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/3010026646
カテゴリ 育種 水田 DNAマーカー 品種 水管理 薬剤 輸送 良食味

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